心のつながり
老後というものが、はるか未来のことと思える私にとって、
テレビに映るその光景は、衝撃的でした。
アルツハイマー症候によって、乳児と化した妻を、
夫がいとおしい我が子を育てるように介抱しているのです。
妻は何かをしゃべろうとしているのですが、うまく言葉になりません。
「てってってって……」
医者は適当に解釈し、もどかしさに妻はいらいらしています。
しかし、夫は根気よく、何を訴えているのか、さぐろうとしています。
その目は慈愛にあふれ、妻は、本当に子供に還ったように、
無邪気な表情すら浮かべています。
夫は言います。
「私が今、妻に育てられているのです。」と。
妻の車椅子を押し、花畑を散歩する夫の顔は、幸福そのものでした。
親が痴呆症になったり、重度の障害をもつ家族がいたりすると、血のつながった
親族であっても、世話をするのに疲れ果て、最悪の場合、心中してしまうという
悲しい事件があります。
その夫婦の場合は、妻でなく、夫がアルツハイマーになったとしても、
妻は同じく、夫を当然のように介護するでしょう。
夫婦は、もともとは、赤の他人です。
でも、何十年もの間、共に生活し、同じ夢を見、
自分の肉体の一部と化した同胞であるから、
健康な状態でなくなったからといって、切り捨てるわけにはいかない。
仲のいい夫婦は、雰囲気が良く似ているといいますが、
お互いを見つめ、会話し、同じものを食べ、二人でいることが多いから、
顔の表情や、考え方がおのずと似通ってくるのでしょう。
親子、兄弟、姉妹は、血がつながっていますので、
似たような顔や性格になるのは、当然です。だけど、いつかそれぞれ、
別々の道を歩み、双子でもまったく別人の顔になっていきます。
血縁者というだけで、もともと肌の合わない人間もいます。
でも夫婦は、一番永い年月を共に過ごし、唯一、自分で選んだパートナーです。
自分の人生の中で、最も影響し合える人物ではないでしょうか。
結婚式の時に、病める時も健やかなる時も
この◯◯を生涯愛することを誓いますか?
と聞かれて、みんな即座に、はい!と答えます。
適当に返事したのではないはずです。
不倫や離婚がブームになっているなげかわしい世の中ですが、
裏切りや不実というものを簡単に考えているのではないでしょうか。
政治家の庶民への裏切りや、会社間の契約の不履行など、
ブームになっていいわけないでしょう。
人間として、成功や出世しても、奥さんに憎まれたり、
夫を裏切ったりしていては、恨みをかうだけで、
絶対、愛されることはありません。
人生の最後に、楽しかった、悔いはない、と思えるのは、
夫婦の絆が強く結ばれていて、
何が本当に幸福なのかを知っている人たちだけなのでしょう。